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ペリネイタルケア

2003年3月1日 習慣流死産を捉える 医療としてどう応えるのか ~母性内科の立場から~


keywords不育症、子宮内環境、ヘパリン療法、胎盤、流産内容物
point習慣性流死産の症例をみるとき、母性内科ではその原因検索として過去の胎盤あるいは流産内容物の病理所見を常に調べています。
胎児自身に異常のない場合、 母体が形づくる子宮内環境にその原因があると考えているからです。多くの症例の病理所見で虚血性変化が認められることがあり、このような症例には抗凝固療法、抗血小板療法が奏効します。
はじめに
超音波診断装置
母性内科は1981年、大阪府立母子保健総合医療センターが日本で最初の周産期センターとして設立されると同時に発足しました。いわゆる内科合併症を持つ妊婦の妊娠中の管理が発足当時の主な役割でありました。そして約20年を経た現在、その役割は表1にあるように大きな広がりを示しています。
母性内科の使命の一つは母児ともによりよい周産期予後を得ることであり、そのためには妊娠前からの合併症女性の管理が必須です。妊娠を迎えるにあたって、胎児にとっての子宮内環境をあらかじめ整えなければなりません。

妊娠中は母体に対してその合併症が増悪しないように内科的治療を行うが、視点を変えてみると、この治療は胎児にとっての子宮内環境を整備するための胎児治療です。また妊娠中は母体が持つ負の素因が顕性化する時期でもあり、妊娠という場はそのような負の素因をスクリーニングするところです。
分娩後は合併症女性のフォロー、また妊娠中にスクリーニングされた負の素因をフォローし、妊娠を生活習慣病予防の一つのスタート地点としなければなりません。合併症女性から生まれた児についてのフォローも重要です。母体内科疾患がもたらす子宮内環境にさらされた児が、どのような成長をとげ一生を過ごすのか非常に大切な問題です。

人の一生を左右する因子としてその人の遺伝的素因と環境があげられるが、最近では子宮内環境が重要であるとの説が有力です。先に妊娠を生活習慣病予防の一つのスタート地点と書きましたが、子宮内環境の整備こそが本当の意味での生活習慣病予防のスタート地点かもしれません。
このような役割を持った母性内科が習慣流死産をどのように捉えてきたか、その始まりから現在の活動まで以下に述べるとします。

【表1】現在の母性内科の役割(2002年11月)
 母体側胎児側
妊娠前合併症女性の妊娠前管理妊婦前の子宮内環境の整備
妊娠中・合併症妊婦の内科的管理顕在化する
素因の発見
・生活習慣病予防のスタート
・胎内環境の整備=胎児内科治療子宮内環境は
健康のプログラマー
・生活習慣病予防のスタート
分娩後褥婦の分娩後管理合併症妊婦から生まれた児のフォローアップ
習慣流死産とは
本特集で述べる習慣流死産とは、習慣流産と繰り返す死産を併せたものです。習慣流産の定義は、妊娠22週未満の自然流産を3回以上繰り返すものです。一方、一般的な死産とは、22週以降に起こるものをいいます。

しかし、胎児あるいは胎児心拍が確認できてからの流産は、母親にとって死産です。編者が本特集のテーマを習慣流死産としたのは、このような意図があるのではと考えます。妊娠初期の流産を別の視点から死産と捉えたとき、その母親に対する対応も違ったものになるでしょう。
私個人の考えは、妊娠初期の流死産も 22週以降の死産も、もしかすると新生児死亡も母親にとって、また父親にとっても同じかもしれません。
母性内科では、これらをひとまとめにして不育症として扱っています。不育症とは、妊娠は成立するが妊娠初期なら流産、中期後期なら子宮内胎児発育不全、すすめば子宮内胎児死亡を繰り返す一群のものをいいます。

不育症は現在、母性内科のメインテーマの一つです。流死産の原因には胎児自身の染色体異常などによるものもあります。しかし母体が形づくる子宮内環境がその原因となる場合が多く、母体を通しての内科治療によってその子宮内環境を改善整備し、胎児を救うことが母性内科の役割であると考えているからです。
繰り返す死産の症例(母性内科不育症症例の1例目)
母性内科が不育症に取り組むきっかけとなった症例を紹介する。
1回目妊娠10週 子宮内胎児死亡
2回目妊娠22週から妊娠中毒症発症、24週子宮内胎児死亡(児は350g)
3回目妊娠23週から妊娠中毒症発症、入院翌日に子宮内胎児死亡(児は390g)
母性内科が発足して1年と経たないときに経験した症例です。
内科医であるわれわれにとって、この子宮内胎児死亡は衝撃だった。母体を検索しても原因は不明、唯一の手がかりを胎盤に求めた。胎盤は小さく、額面はほとんど梗塞で占められていた。死亡した児は解剖では奇形などはなく、頭だけが大きく腹部、手足はやせ細っており、胎盤からの血流不全は明らかだった。梗塞を防ぐための内科治療として選択したのがヘパリンです。幸い、母体に投与したヘパリンは胎盤には届くが胎児血流には入らない。4回目妊娠ではその初期からヘパリン持続中注入を開始、妊娠37週に反復帝王切開で2,600gの児を分娩した。この症例は、つぎの妊娠でもこの治療法で成児を得ています。

妊娠初期からのヘパリン持続注入療法は、原因不明の繰り返す死産に対する治療法として、世界に先駆けたものでした。これまで20年間で100人を超す児がこの治療で誕生しています。ヘパリン療法を考え出したきっかけとなったのは、胎児を養っている胎盤の所見です。その胎盤をこの目で見て原因を考える姿勢を常に持つことが大切です。
母性内科では発足以来これまでこの姿勢をつづけてきていますが、今後も変わらないです。産科の先生方へのお願いですが、死産症例の場合、必ず胎盤病理検査を依頼していただきたいということです。確かに、わが国においては胎盤病理に関する専門医が少ない。検査を依頼しても返ってくる所見が物足りないかもしれません。しかしわが国において胎盤病理専門医が育たない原因は、産科医からのニーズが少ないことにもよります。
ヘパリン持続注入療法について
胎児自身には何の問題もないのに、母体の持つ何らかの原因で子宮胎盤血流量が減少し子宮内胎児死亡に至る。ヘパリン療法はその子宮内環境を改善整備するためのものです。表2に繰り返す死産症例に対するヘパリン持続注入療法の選択基準を示した。

対象は、死産の原因に奇形、染色体異常、臍帯因子などの胎児側要因のない症例です。子宮内胎児発育不全の程度が強い場合、またそのために新生児死亡に至った場合なども対象となります。妊娠中に胎盤梗塞を起こすとはっきりしている疾患にループスアンチコアグラント(ループス抗凝固物質)と血小板増多症がありますが、これらの症例もヘパリン持続注入療法の適応です。胎盤の虚血性変化とは、MFI(maternal foolr infarction)に起因する梗塞、血栓、またRohr's fibrin(massive intervillous fibrin deposition)などの所見です。ヘパリン開始時期については早いほうがよい。子宮内胎児発育不全がみられる場合、胎盤の変化はもっと以前にすでに起こっている。この場合、胎盤変化はほとんど不可逆的で、胎盤での血管変化を考えると出血傾向のあるヘパリンは危険でさえあります。

ヘパリン持続注入療法の詳細について今回は述べないが、いくつかの副作用に留意しなければならない。出血、骨粗しょう症、ヘパリン関連血小板減少症などがある。しかし最近広まってきた低分子ヘパリンは、これらの副作用が軽減されている。血栓形成に関与する抗Xa活性を主に抑制し、出血傾向は従来のヘパリンに比べ少なくなっている。使用するヘパリン量も少なくてすむので、骨粗しょう症の起こる頻度も低く、ヘパリン関連血小板減少症も少ないとされている。ただし高価で保険適応がない。これまでのヘパリンに比べ妊娠中はるかに安全に使用できる低分子ヘパリンが、妊娠という場でわが国において早く市民権を得られることを切望します。

【表2】繰り返す死産症例に対するヘパリン持続注入療法の選択基準
●妊娠中期あるいは後期の子宮内胎児発育不全、子宮内胎児死亡を繰り返している
●子宮内胎児発育不全、子宮内胎児死亡の際の胎盤で虚血性変化が強いこと
●ループスアンチコアグラント、血小板増多症の症例
●ヘパリン療法開始前に超音波検査で子宮内胎児発育不全が存在しないこと
●本人および家族が治療の意味を理解し承諾していること
妊娠初期の習慣流死産について
不育症の観点から妊娠中期以降の死産を繰り返す症例に対する母性内科の対応について述べたが、妊娠初期の習慣流死産を経験する女性は、その数からするとはるかに多い。現在の年間出生数は約120万で、逆算すると約20万の女性が妊娠初期の流死産を経験している。挙児希望を持つ夫婦にとって、一度の流産も悲しいことであるが、繰り返す場合の悲しみは計りしれない。

表3に習慣流死産の原因と考えられている項目をあげた。しかしそれぞれの原因を指摘できる症例は限られている。流産を繰り返す症例のほとんどが、現在の医学では原因不明です。現在行われている習慣流産に対する一つの治療として、夫のリンパ球による妻への免疫療法があります。この治療の有効性を過去の多数の治療成績を照らし合わせて検討した報告※(2)があるが、その有効性はわずかで、1例の生児を得るためには11例の症例を治療しなければならないとされている。言い換えれば、妊娠維持に成功した11症例のうち、この治療が有効だっとと思われる症例は1例のみです。
ただしこの1例の掘り出しは現在では困難です。ならば医療側にとっては、どのような症例が本当の意味での治療が必要なのか、見極めることが重要となってきます。

【表3】習慣流死産の原因
遺伝的因子(胎児側素因)身体的因子(母体側素因)
・受精卵の染色体異常
・受精卵夫婦の染色体異常
・受精卵夫婦の染色体による劣性遺伝
・子宮因子
子宮奇形、子宮発育不全、子宮筋腫、子宮頸管無力症
・内分泌学的因子
黄体機能不全、高プロラクチン血症、甲状腺機能異常、糖尿病
・免疫学的因子
自己免疫疾患、同種免疫異常
・凝固学的因子
抗リン脂質抗体、血小板異常、各種凝固因子異常
・精神学的異常
流産関連ストレス
母性内科における習慣流死産に対する一つの対応、アプローチ
習慣流死産の症例を2例紹介する※(3)
第1例当センターを受信するまで12回の流産を繰り返していた。原因として検索した夫婦染色体、子宮卵管造影、抗リン脂質抗体などはすべて正常であり、治療として免疫療法、低用量アスピリン、副腎皮質ホルモンなどが行われていた。
第2例当センターを受診するまで8回の流産を繰り返していた。この症例も同じような経過です。
この2例いずれも、そのほとんどの流産が胎児を確認できてからの死産です。母性内科では妊娠中期、後期に繰り返す死産の症例への対応で胎盤検索に重点を置いてきた。妊娠初期といえども死産であり、胎児への栄養、酸素を供給している絨毛に何か変化があると考えるのは当然です。

第1例の子宮内容物での病理所見はPVFC(perivillous fibrinoido change;絨毛周囲フィブリン沈着)であった。無治療のループスアンチコアグラントの胎盤によくみられる所見です。第2例の子宮内容物の病理所見は Rohr's fibrinであり、この所見も妊娠中期、後期に繰り返す子宮内胎児発育不全、子宮内胎児死亡に時にみられる所見です。まだ胎盤も完成していない時期、トロホブラストが脱落膜に降りていくこの時期にこれらの所見を認めた。しかも第1例も第2例もいずれも、それぞれどの妊娠においても同じ所見を繰り返している。

前の章で、どのような症例が本当の意味での習慣流死産か見極めることが重要であると述べたが、流産時の子宮内容物の病理所見はその見極めに大きな助けになると考えている。なぜこのような病理所見がでてくるのか、その原因は現在まだわかっていない。この所見は結果であろう。ただこの絨毛の虚血性変化によって胎児が死を迎えたであろうと考えるのは容易です。

母性内科では、この2つの症例に抗凝固療法として妊娠初期から低分子ヘパリン持続注入を行い、2つの症例ともに生児を得た。
一般的に流産時の子宮内容物の病理所見は「そこに絨毛があるか、その絨毛は悪性変化があるのか」で終始している。しかしそこには先に述べたような所見のほかにも数々の情報が詰まっている。それらは人工流産時にはほとんどみられないものです。
おわりに
いろいろの合併症妊娠をみるうえで、母性内科で最も大切にしていることは胎児にとっての子宮内環境を整えることであり、言い換えれば胎児の立場にたって治療をすることです。
習慣流死産の症例をみるときも、前の妊娠ではそのときの胎児はどんな環境におかれていたのか、それを知る手だては胎盤(子宮内容物)しかない。わが国における不育症治療の発展には胎盤専門医の育成が鍵を握っているだろう。

※参考文献
(1)Knudsen,UB,et al,Prognosis of a new pregnancy following previous spontaneous abortion. Eur.J.Obstet.Gynecol.Reprod.Biol.39(1),1991,31-6.

(2)The recurrent miscarriage immunotherapy trialiats group. Worldwide collaborative observational study and meta-analysis on allogenetic leukocyte immunotherapy for recurrent spontaneous abortion. Am.J.Reprod.Immunol.32,1994,55-72

(3)Miyashita,Y.et al. Successful pregnancy with low molecular wcight heparin in two women with recurrent miscarriage of unknown etiology.Am.J.Reprod.Immunol.48,2002,inpress.